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内藤家の菜園(後の御苑)から広がった野菜の一つ。品種は八房(やつぶさ)トウガラシ。
「内藤新宿周辺から大久保にかけての畑は真っ赤に彩られて美しかったという。」(「新宿の今昔」より)。当時は成熟したものを漬物用や香辛料として使われました。
参勤交代のために江戸に屋敷を構えた各地の大名たちは、やがて下屋敷で故郷の野菜を栽培するようになりました。 現在の新宿御苑とその周辺に家康から受領した約20万坪以上もの屋敷を構えていた内藤家(後の高遠内藤家)では、内藤唐辛子や内藤南瓜をはじめとする野菜が作られました。その後、江戸の人口が増加するに従って野菜の需要が増大、近郊農家では、これらの江戸野菜が盛んに栽培されたといわれます。 とくに唐辛子に関しては、文化7年(1810)から文政8年(1825)にかけて幕府が編纂した「新編武蔵風土記稿」において、「世に内藤蕃椒(とうがらし)と呼べり」と紹介され、近隣の畑一面を真っ赤に染める光景は壮観だったといわれます。また江戸の食に欠かせない調味料として、七色唐辛子などで広く親しまれてきました。
唐辛子売りの口上に、「入れますのは、江戸は内藤新宿八つ房が焼き唐辛子」 ともうたわれていることでもその普及ぶりが想像されます。 <By M.I> |